いずれも、症状のなかに精神的な側面がみられる症状群であるだけに、混乱をまねいています。
胸骨、胸椎、および左右の12本の肋骨で囲まれた部分を胸郭といい、その中に心臓と肺が納まっています。
心臓から出た血管のあるものは、胸郭のすき間(胸郭出口)を通って腕につながっています。
鎖骨の奥から少し上の、第1肋骨と鎖骨の間にある筋肉(斜角筋)のすき間の部分が胸郭出口です。この出口のいろいろな障害で、同じような症状が現われることがあるために、この病名がついたのですが、診療や治療のうえで、非常に便利な病名です。
この出口を通る血管が、鎖骨下動脈、鎖骨下静脈です。くびの脊髄から枝分かれした神経(腕神経叢)も、この出口を通って腕に分布しています。
したがって胸郭出口の異常は、血管症状(腕の冷感や脱力感など)と神経症状(肩や腕の痛みやしびれなど)の両方が混在した症候群をおこします。これが胸郭出口症候群です。
胸郭出口の異常は、頸肋症候群、斜角筋症候群、肋鎖症候群、過外転症候群によってひきおこされます。ですから、胸郭出口症候群の治療は、原因であるそれぞれの病気に応じた治療が必要になります。しかし、どの病気が原因でも、胸郭出口症候群としての症状がみられ、その診断法と治療法(手術によらないもの)も共通するところが多いので、まとめて解説します。
薬や温熱療法が無効で、がまんできない症状が長く続く場合は、手術となりますが、手術の方法は、原因である4つの症候群で異なっています。
[症状]
くびが重くだるい、肩から肩甲部にかけてこわばりと痛みがある、腕や手の指にだるさや腫れぼったさがある、指先が冷たい、肩から指に走るような痛みとしびれがある、などがおもな症状です。顔面のしびれ感、頭痛、吐き気、目のかすみなどの症状と思われる症状がまざっていることもあります。
肩の位置や姿勢によって、症状が悪くなったり改善したりするのも、この症候群の特徴です。
発症から時間がたつほど、姿勢による症状の変化がなくなってきます。
この病気は、20~30歳代のなで肩の女性に多くみられます。
とくにきっかけもなく発症し、良くなったり悪くなったりをくり返す波があります。自然に症状が消えることも少なくありませんが、なかには徐々に進行するケースもあります。
※症状は(前腕尺側)と(手の小指側)に沿ってうずくような、ときには刺すような痛みと、しびれ感、ビリビリ感などの感覚障害に加え、手の握力低下と細かい動作がしにくいなどの運動麻痺の症状があります。
鎖骨下動脈が圧迫されると、上肢の血行が悪くなって腕は(白っぽく)なり、痛みが生じます。鎖骨下静脈が圧迫されると、手・腕は静脈血のもどりが悪くなり(青紫色)になります。
[検査と診断]
胸郭出口が狭くなっているかの検査として、そこを通過する腕神経叢または鎖骨下動脈の圧迫を再現するテストがあります。これには、胸郭出口部の圧痛と腕にひびく痛みを調べる検査(Morlyテスト)がよく用いられ、腕神経叢の圧迫の程度がわかります。
鎖骨下動脈を圧迫する試験としては、以下の3種類のテストが重要です。
いすに腰かけた患者さんの腕を、外側から上方に持ち上げるライトテスト、肩を後下方に押し沈めるエデンテスト、くびを症状のある腕の方向にそらしながら回し、深呼吸させるアドソンテストで、これらによって、手首の橈骨動脈の拍動が止まれば、鎖骨下動脈の圧迫がある(陽性)と判断します。正常な人でも陽性のことがあり、症状のある側とない側とで同じテストをし、差があればはっきりします。また、これらのテストのときに、いつもの症状が再現すれば、診断はさらに確かなものになります。
診断の根拠として、もう1つ重要な検査法に、運動負荷テスト(ルーステスト)があります。これは、両腕をばんざいする位置よりやや肩を落とした状態にし、指を曲げたり伸ばしたりするものです。正常な人でも両腕がだるくなってきますが、この病気がある場合は耐えきれなくなって中断します。3分以上この運動を続けられれば正常としますが、重症の患者さんは30秒も続きません。
この病気に特徴的なくび、肩、腕にかけての症状があり、動脈圧迫試験のいずれかが陽性で、運動負荷試験が陽性、さらに頸椎の病気やその他の神経の病気ではないことが明らかになれば、胸郭出口症候群と診断できます。
頸椎の病気との区別がむずかしいことも少なくないので、診断に時間がかかるのがふつうです。
[治療]
胸郭出口症候群は、急速に進行する病気ではなく、自然に治ることもあるので、あせらず、ゆっくり治療を受けることが大事です。
くび、肩を動かす運動療法(ラジオ体操程度)は、根気よく続けてみるべきです。
くび、肩、腕への温熱療法や、消炎鎮痛薬および筋弛緩薬などの薬物療法も効果のあることが少なくありません。鎖骨上部の押さえて痛い部位(前斜角筋内)に局所麻酔薬を注入することもあります。このような治療は、始めたら少なくとも2~3か月は続けたほうがよいのです。
こうした治療を続けても症状が改善せず、日常生活にも支障をきたすようであれば、手術を考えます。胸郭出口症候群は、その発症の原因が解明されていない面もあり、手術の効果は必ずしも高いとはいえないのが現状です。
手術療法は、つぎのように、原因である病気によって方法が異なります。
■頸肋症候群
頸椎には胸椎のような肋骨はついていないのがふつうですが、第7番目の頸椎(頸椎のいちばん下で、胸椎のすぐ上)に生まれつき肋骨(頸肋という)がある場合があります。
頸肋は、第1肋骨より上にあるため、胸郭出口を狭める原因になりやすいものです。頸椎のX線写真の正面像を撮ると、頸肋は簡単に見つかります。
なにも症状がない人に偶然見つかることも多く、頸肋があるからといって病気ではありません。しかし、これが原因で胸郭出口症候群があり、保存的療法で改善しない場合は、頸肋を切除する手術があり、治療効果も高いものです。
■斜角筋症候群
斜角筋が緊張して胸郭出口を狭めるとおこるものですが、この緊張がどうしておこるかは、よくわかっていません。
鎖骨下動脈に造影剤を注入し、X線で血管を撮影(血管造影)すると、この部位で圧迫されていることがわかり、診断がつきます。
保存的療法で効果がなく、診断がきわめて明確な場合にかぎって、斜角筋(前斜角筋と中斜角筋)を切り離す手術法があります。
■肋鎖症候群
第1肋骨と鎖骨の間が狭くなったときにおこるものです。
鎖骨の骨折で、骨折した部分が変形したまま癒合した場合に、多くみられます。また、妊娠末期の女性は、肩を後ろにひいた姿勢をとることが多いため、この病気の症状がみられることがあります。
めったに行なわれませんが、第1肋骨を切除する手術法があります。
■過外転症候群
肋骨と鎖骨の間から出てきた神経と血管は、わきの下を通って腕にのびています。わきの下のすぐ直前では、小胸筋という筋肉が、これらの神経と血管を前のほうからおおっています。
ふつう、肩の外転をすると、この小胸筋が引き伸ばされます。この小胸筋が異常に緊張して、胸郭出口症候群がおこるものを、過外転症候群といいます。
塗装業などで、頭より高い場所に腕を伸ばして作業する機会の多い人や、黒板に白墨で書くことの多い教師にみられることがあります。健康な人でも、電車のつり革を長く握っていたりすると、同じような症状(しびれ、だるさ)がおこることがあります。
診断を確かなものとするには、血管造影で、この筋肉のところで動脈が圧迫されている像を見つける必要があります。まれですが、小胸筋を切り離す手術が行なわれることがあります。
[一般的な予防と治療]
症状を悪化させる(上肢を挙上した位置での仕事)や、重量物を持ち上げるような運動や労働、(リュックサック)で重いものを担ぐようなことを避けさせます。
症状が軽いときは、上肢やつけ根の肩甲帯を吊り上げている僧帽筋や肩甲挙筋の強化運動訓練を行なわせ、安静時も肩を少しすくめたような肢位をとらせます。肩甲帯が下がる姿勢が悪い症例には肩甲帯を挙上させる装具が用いられます。消炎鎮痛剤、血流改善剤やビタミンB1などの投与も行なわれます。
頚肋があれば、鎖骨の上からの進入で切除術が行なわれます。